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傷つきすぎず、責めすぎず、許し合うことの大切さ――辻村深月『パッとしない子』感想

好きな作家だし、キンドル・アンリミテッドの読み放題対象作品だし、ということで何気なく読んだのだが、うーむ、こんな読後感になるとはショックである。
これは、いわゆる「イヤミス」というやつではないか。
つまり、読み終えて嫌な気持ちになるミステリー。
「読み終えて」というより、中盤以降ずっと、嫌な気持ちだった。
こんな思い、したくない。こんなの、逃げたい。嫌だ、嫌だ、嫌だ。そう思いながら読んだ。

パッとしない子』(辻村深月

主人公は女性で、小学校の教師をしている。昔、教え子だった少年が、今や国民的アイドルになっている。その子との再会が描かれているのだが、とにかく、自分の記憶と相手の記憶との食い違い、自己正当化により歪められた自分の記憶、想像を超える繊細さで受け取られ曲解された相手の記憶、どちらがどこまで正しいのか定かではないところはありつつ、もはや相手の主張の中で自分は極悪人でしかなく、それはもうどうあっても取り返しがつかない。自分としては、それなりに普通に善人として生きてきたつもりだったのに、そこまで悪人と受け取られ、それを知らず生き、今になって、理不尽と思える手ひどい復讐を受ける。逃げたいが、逃げられない。本当に恐ろしい心理小説だった。

こんなことって、実際にあるかもしれない。
でも、だとしても、どうなんだろう、それをここまで非難するのも正しいとは思えない。
人間は誰しも不完全なもの。
人を傷つけておいて、忘れていたりする。
それを許せないと思いすぎるのも、一つの罪であり、悪だと思う。
その意味では、被害者の立場で主人公を追い詰める若者もまた、ある種の類型的な、悪人なのだ。

読んで、とても嫌な気持ちになったが、教訓として、やはり人間はお互いに不完全な者同士として寛容になり、時に鷹揚に、許し合うことが大切なのではないかと思った。
傷ついたことがあったとしても、それをもってして相手をどこまでも責め続けることなく、大らかな心で受け止め、さらさらと水に流していくことも、相手のためだけでなく、自らの幸福のためにも、肝要なのではないだろうか。

主人公は、確かによくないところもあったのかもしれないが、それにしても、ちょっとかわいそう。
不用意に、無意識に人を傷つけていなかったか、自分を省みることも必要だが、傷つきすぎないこと、責めすぎないことは、それ以上に自戒したいと痛感した。



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間取り小説の妄想――『間取りと妄想』感想

夜寝る前に、少しずつ、本当に少しずつ、読み進めていた。
楽しみながら、睡魔に負けながら。
ゆうべ、ようやく読了した。

間取り妄想』(大竹昭子

間取りにまつわる短編集。
一編ごとに、物語の中に登場する家や部屋などの間取り図が冒頭に示されている。
私ももともと間取り図を見るのが好きなこともあって、手に取った一冊。

そう、これはキンドル本ではなく、リアルな「本」だ。

前に、『三の隣は五号室』(長嶋有)という連作短編を読んだことがあり、これも部屋の間取りにまつわる物語だったが、これがけっこう気に入ったのもあって、その流れで手に取った、というのもある。

間取りを愛する人がいて、そこから物語を紡ぎだす人がいて、架空とはいえさまざまな登場人物たちそれぞれの人生があって、喜びがあり悲しみがあり、人の営みがある。
帯には「“世界初”の間取り小説集!」とあるが、そうなのだろうか。
こうした試みは、もっと盛んであってもよいのではないかと思う。

私も書いてみたい。
ミステリー要素も含み、でも心温まる物語。
タイムスリップ的なSF要素も入れてもいい。
田舎の実家に変な隠し部屋があったりして、子供のころからそれが何なのか疑問だったのだが、何らかの形でご先祖様と出会うなどして、その部屋がつくられた意図が明らかになる、とか。
面白そうだ。



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